ここは、可能性の交差点 ― 應典院舞台芸術祭「space×drama」2011

直前にあった公演の終了動画あります → コトリ会議終了動画「桃の花、飾りました」

閉幕まえに振り返り終える【コレクトエリット】

べかおです。

いやークロージングトークを終わりまして。ホッとしました。
初の2劇団が優秀劇団。おめでとうございます!よかったです、ほんまに。うちはないなあ、と思いながらも、ちゃんと結果が発表されるまでは落ち着かないものですな。結果が出たあとも、どういう顔をして人前にいればよいのか、変に演技してしまったし…。人間て面倒くさいですね。まあまだ、劇評ブログが2つと、会議が残っています。最後までしっかり努めます。コトリ会議さんもあと2ステージ、台風に負けるな!

さて、應典院について振り返るのは結構クロージングトークでしてしまったので、あれですね。どうなんやろ、まあコレクトエリットが今後また應典院でやれることはないと思うので、なんたってやっぱりうちお金ないんですよね…。またイヤな話だ、すみません。でもだから、本当に今回こういう形で公演できたのはとても幸福なことでした。金さんが前回space×dramaに参加したときは誰とも交流を持てなかったけど今回は出会いがあった、という言葉も嬉しかった。space×dramaが今後どういう展開をするのか、楽しみにいる部分もありつつ、このまま、ひっそりと、知っている人は知っているというカタチで祝祭がつづいていくのも悪いことではないな、とも思っているのです。開かれてほしいといろいろ書いたりしてきましたが、変化というのは時として痛みも伴いますからね。変わりたくない、というのも正しい意見なのだと思うのです。まあ、ちょっとずつ、ちょっとずつ、確実になんらかの変化はあるでしょうけど。

さてさて、これどうやって終わろうかな、と考えていたのですが、最後に秋田住職の「葬式をしない寺」から、印象的だったところの引用をして終わることにしました。ちょっとながいですが、、、しかも文頭は秋田さんが引用した文章から入ります。P.106の最後の行、南雲由子さんという方が報告書に載せていたあとがきからーーー

「……私は『ここ』にいて、『そこ』は別世界。私は『そこ』が何となく怖い。しかし、『そこ』を否定はせず、ただ強烈に知りたいと思う。そして、『そこ』は『ここ』ではないが、『ここ』は『そこ』になる可能性を内包している。
 言い換えると、『そこ』を思う感覚は、未知の場所へ旅に出ることと似ている」
「ここ」と「そこ」の関係は、個人間だけでなく、社会や世界の混沌とも無関係ではありませんでした。二〇〇一年、ニューヨークで同時多発テロが発生します。大国支配のグローバリゼーションは、異文化や異民族、異言語の境界を壊し、文明間の対立や格差を生み出しました。宗教戦争とまで煽られて、胸が痛みました。
「そこ」は絶望的なほど遠い。だから、わかりやすさに逃げ込むのではなく、敢えてわからなさを手掛かりにして、そこから自他の関係や社会とのつながりをもう一度問い直す。「対話としてのアート」には、正解とか結論がありません。勝者、敗者もいない。あるのは、わからなさを共有しながら、なお互いを信頼できる関係の深さだと思います。
 それは、私たちの社会には最初からわかりやすいものなど何もない、と現実を揺さぶりながら、わかりあえないが、しかしなお、わかりあいたいという希望の物語を紡ぎ出そうとしていたのです。

閉幕まえに振り返りはじめる4【コレクトエリット】

べかおです。

應典院について、というのは次回にまわすことにして、なんかつらつらと…

と、数日前につらつらキーボードを叩いたやつは後回しにして(載せ忘れてました)、なんかちゃんと告知すれば良かったんですがここじゃない気がして……とにかく昨日、UST番組というものに初めてお呼ばれして出演したのです。France_panの伊藤さん司会で、サリングさん、ピンク地底人3号さん、と僕という構成員。けっこう、スペドラゆかりですね。。。それなりに楽しかったし、僕も終始はしゃいで見えたと思うんですが、なんというか、本当に話したいことは話せなかった、という感じが残るのはいったい何なんでしょうか、まったくもって、全力で話しているのですが、終わった後のすっきりしなさは、たぶん内容がどうとかいうことじゃないんだろうな…。そもそも本当に話したいことなんてあるのかとか、それがわかった上で話し始めろよ、てなもんですが、やってみなけりゃわからんのですよ、ほんと。やっぱり長期的スパンで、あまり変わらぬメンバーでいちいち振り返りながら、ちゃんと話していくことが大事なんではないか。んまあ、僕ひとりで決められることではないし、どう考えても生産的ではないというか、目に見える成果はまず得られないだろうから、どうしたって一回、やれて二回、なんでしょうね…。悩むなあ…。なにしたいんだ自分…。
最近、自分に対して思うことに「想像力ねえなオレ」があります。「想像力の欠如」とは、なにをもっていうのかって話ですが、わかりません。とにかく、やってみないとわかんない感じとかですかね、こうなるのわかってたでしょと言われてもピンとこないこと多し、でもそういうことじゃなくて、単純に現実になさそうなものとかを想像するみたいなこともダメですね。なんにも浮かばない。それだけでもなくて、とにかく僕の想像力は貧困なんです。こうやって、例を挙げようとして2つしか思いつかないことに顕著にあらわれている。自分の想像力のなさに自覚的になること。そうしないと太刀打ちできない問題が多そうだなと、ないなりの想像力で思ったんです。ああ、さてさて。

スペドラ振り返ってないよ!

載せ忘れてたやつはちゃんと振り返ってるはず……以下。

ひとつのものを盛り上げる手段として重要なのは、やはり人と人の繋がり、みたいな当たり前のことではないだろうか。顔と顔を突き合わせて、いっしょに考えていくこと。関わる人を増やす、ということも重要になってくる。もちろん、やみくもに増やしても意味はないし、多ければいいってものじゃないが、今のままでは何か大きな力になるということは難しいだろう。そもそもspace×dramaを盛り上げたい!と思って参加する人が案外少ない可能性もある。たまたま公演時期とかを考えてたらちょうどよかった、とか、やっぱり優秀劇団に選ばれたいよね、ってことが最重要になってくる。それでよい面ももちろんある。でもなあ、とも思う。
外部の協力を得ること、例えばスペドラ通信みたいな、冊子までいかなくても、なにか定期的に発行する、HPと連動して、内容は、面白おかしいものも大事だけど、真面目な思いで人をひきつけることも大事だ。作品だけでそれをやることにはやっぱり限界があると思うんだけどなあ。
実際、周りを見ればいろんな試みがある。成功か失敗かが厳密には見えにくい世界だから、なかなかどれを参考にすればよいものか、わからなくて、それは要するに自由すぎて選択肢がありすぎて、なにもできない、なにやっても自己満足としか取られない、といったような状態だ。とても難しい。
最終的には作品で勝負といえど、それまでにやることは稽古と宣伝だけではやっぱり僕は虚しい、ってこれもただの個人的な意見に過ぎないのだろう。うぐぐ、しょうがない。そこから考えるしかないし。いやしかし、時間とお金、的な話になってきてしまっている気がしておそろしい。そんな話をしたいわけではないのに。いや、でもそこもとても重要だから、ないことにして話をすすめるのはよくないか…。さてさて、今日の話はひとまず袋小路に入り込んでしまった…。僕の中でですが。。。
どうしたって、長いスパンでものを見るしかない。だから、こういうダラダラな思いを残しておく。みたいなことをしているのかも。

…すごい普通というか、大したこと言ってなさずぎですね。面白くない!

でもまあ載せます。目的は「面白いこと」ではないので。

閉幕まえに振り返りはじめる3【コレクトエリット】

べかおです。

ついに残すところ、コトリ会議さんだけになってしまいましたね…。
ついに閉幕ですよ。その後にも集まったりできるみたいなので、その辺は楽しみです。いやあそれにしても、Mayさんはね、金さんのことが好きになってしまっている自分に気づく良いきっかけになりました。今回、いろんな方に出会いまして、参加劇団のなかでは、あくまでも僕個人の視点からですが、金さんとコトリ会議の山本くんと笠江さんと、特になんかいろいろしゃべる機会があって勝手に魅かれるものがあって、とてもこれは嬉しかったです。はい。あんまり、個人的すぎることをいってもしゃーないですね!
といいつつ、コレクトエリットの「カミシメル」について、振り返ろうとしてもいるわけですが。あと、應典院というお寺さんについてもね、語りたいことはあるんですよ。いつだったかな、ちょうど制作者会議が始まる頃に秋田住職の新書「葬式をしない寺」が出版されて、読んで、感銘をうけたり、ううむと問題提起をされたり、いろいろ考えるきっかけを頂いて、なんか改めて読まなあかんなとか思ってるんですが、あれ、space×dramaに出るんだったら(いやまあ出なくても)読んだ方がいいですよ、とても刺激をうけるので。しかし、演劇の扱いにはやや悩まされます。社会に出る前のモラトリアム期を充実して過ごすための手段としての演劇、と読めてしまって、で、それはもうすごく事実としてあるわけで、そうそう反論できないんですよね、今の日本の演劇を取り巻くシステムを考えたら。すごい強い運も含んだ「才能」だけを問う問題になってしまっているから。しかも、首都圏を離れるとそれが特にまだまだ根強いというか。あ、そんな話をここでしても、しかも僕なんかが…。
で、僕の話ですよ。まずい流れになっちまったよ。僕はまあ才能を問う以前の問題だと思うので勘弁してください。
この前、コレクトエリット主宰の松本絵理と話したときに、初めて気付かされたことがあって。なんと、僕、長編作品(まあ90分ですけど)を演出するの初めてやったんですね。デビュー作だったんです。第3回公演でしたが、これまではクレジット的には「台本:べかお 演出:松本絵理とべかお」でして、僕がやっていたことといえば、台本のニュアンスの説明と松本の演出の感想を言うだけというなんとも安全圏で稽古場にいたのでした…。
それで思ったのは、そりゃあ大変なわけだ、というものでした…。一応やっぱり過去の経験則というものがものをいう瞬間てあると思うんですよ。しかし、僕が手詰まりになったとき、自分の中には参考にするものがなく、松本やそのほか客演先(たまに役者もやってたんです)で見聞きしたものになるわけですが、そのどれも、僕の考えを外に伝えるための参考になるものがなくて、「こういうときどうしてたっけ?」というのが驚くほど何も思い浮かばなくて、けっこう大変な思いをしたんです。短編は数本つくりましたが、劇団員のみとかだったのでモメようがナニしようがやれたんですが、今回は初めて客演さんを演出、相手は経験豊富な方ばかり。あと、大したことではないはずなんですが、僕が一番年下でした。いや関係ないはずですが…。どうやったんやろう、これはわからん。ともかく、長編を劇場規模で演出するという初体験をした今回の作品でした。けっこうびっくりでした。
とはいえ、長編演出に多少かまえていたのは事実で、再演を選びました。台本がありゃあなんとかなるべという安直な選択…。しかし、時節にのまれたり、演出を考えたときに劇構造が違うかも(という、まあ直感でしかなかったです)と思って、そこはいじりました。物話の出来不出来は問わない、これを書いた5年前の自分のことは否定しない、と決めていたので、物話はまったく変えず、会話部分は完全に初演のままです。(先に結果をいうと、5年前の僕は未熟すぎました。ここは一番反省しているかもしれません)まあとにかく、やってみなけりゃわからないのは当たり前で、今回はだいぶ膿を出した気がします。多少、肩の荷がおりたというか、次につくるときはもっとかなり風通しのよいものがつくれると思います。まあ、3、4年後かもしれないですが…。

しまった。コレクトエリットの話しすぎだ。

あかんですね。

次はもうちょっと、シアトリカル應典院について振り返ってみたいです。
勝手にやってるだけなんで、読んでる人いないやろとも思ってるし、なんか勝手に楽しくなってきました。5くらいまでいきたいな。いや、これやると寝不足になるんですけど…

閉幕まえに振り返りはじめる2【コレクトエリット】

べかおです。

Mayさん公演中のさなか、振り返るもないものだけど、でもspace×drama自体は完全に終盤をむかえているわけで、なかなか複雑だ。いや、そうでもないか。僕は土曜日に2回観る予定です。
Mayさんもコトリ会議さんも2作品以上観ているので、なんとなくまだ今回を観てなくても素直にお勧めすることができます。観るべきだと。
もちろん僕はどちらの劇団さんのファンでもなんでもなくて、それぞれ観た作品には疑問はあって、その辺のことは劇評ブログに今回観てまた感じたりしたら、書きます。でもその辺も含めて見応えがあるわけで、2劇団とも必見だと思います。劇評ブログがあるので、作品の感想は劇評ブログで、ってなるのはよくもあるしわるくもある気がします。どうしてもひとつの作品について語らざるをえないようなところがやっぱりあって、space×drama全体を見通すような視点はもちにくい。というのは前から思っていて、共通チラシにコメント頂くことには結構こだわったのでした。しかし、今後の展開は見えない…。本当に来年以降参加する皆さん、頑張ってください!
折り鶴のことはとてもよかったと思っていて、なんとなく前回そのことに触れるのを躊躇ったのはアイデアを最初に出したのが重田恵なので…。でも、何かしたいと言ったのは石井さんだし、あの形になるまでいろんなひとの意見が入ってああなって、應典院のロビーにはやっぱり可能性があると思う。カフェをしたいとか言ったりしてたけど、もう少し何か違った可能性を見出せるのではないか、と思いました。
内側の交流においても、今回はそれなりに面白かったのじゃないか。いや、今までを知らなすぎるのでわからないんですが、なんか僕はいろんなひとを話す機会をいろいろ得れて、本当に得難い経験をしていると感じているのです。うまく話せているとは全く思わないんですが、基本的にみんな全然違う感じのひとびとなので、共通言語を見つけたり生み出したりみたいなとこまでいかなくても、あ、ぜんぜんちげえなあ、でいいと思うんですよね。時間もないし。
でも、違うってことがもっと記録として残せたらいいなあってことだなこれは。ちょっと今回は残せる記録は少ないかもしれないですが、残った記録を見やすくするみたいなことには今からでもできるかも。…まあ明らかに面倒くさいので、かなり難しい気はしますが、アイデアとしてはありじゃないでしょうか。そうでもないか?

うーーーーん。思いつきで打つもんじゃないですね。こういうのは。

とはいえ、キーボードに向かわないとちゃんと考えないからなあ…

次はあえて、作品ひとつを語ってもなあとかいいながら、コレクトエリットの作品を振り返ってみるということをしても、なんか逆に見えてくるものがあるかも。

でも、その前にミクマクさんの劇評ブログ記事をつくらねば。。。

頑張りますよ!

閉幕まえに振り返りはじめる【コレクトエリット】

べかおです。

space×drama2011も残すところ、あと2劇団になった。
Mayさんとコトリ会議さんを楽しみにするとともに、いったいspace×drama2011はどんなもんだったんだろうかと考えている。
そもそも公式サイトといえど、こんなところで細々記事をあげて、誰が読むのだろか、といった感じもぬぐえない。
それでもなんか書き残した方がよいとこうしてキーボードをたたき始めたのは、やっぱり来年とかその後のことを考えていたからだ。
バトンを渡す、と言ったのはMayの金さんだったか。確か4月くらいにそんなことをおっしゃっていて、本当にその通りだと思った。
そんなわけで公式サイトの1ページにこんなものを残しておくと、来年参加する誰かの目には触れるかもしれないと願ってみることにした。

舞台芸術祭というか、演劇祭というか、そういったものはいろいろあって、京都や東京で規模の大きなものもあったりして、そういうものから見れば、space×dramaはとてもこじんまりとして、手作り感が満載だ。
そこが大きな魅力でもある。定期的に参加劇団が集まって、どんな演劇祭にしたいかを直接話し合うのだ。ただ、ここが弱みにもなるのは、10年以上続く伝統がありながら、そのことをあまり踏まえられず、そのとき集まった劇団のそれぞれの思いばかりが錯綜してしまうのだ。しかも、それらをきちんと議論して、ひとつのものに束ねていくだけの時間はない。うっかり時間がある気がしてしまうのだが、実はぜんぜん時間がなくて、気づけば開催してしまっている。少ない時間の中で効率よくやらなければいけないが、効率よくやるためにはあまり冒険もできない。
不満ばかりあげているのはあえてで、今年は今年の努力の賜物だってある。みんなで話し合いをかさねて、共通チラシの変化、折り鶴、のぼり、公式サイト、各劇団の動画、座談会、共通パスのおまけ、などなど成果はあるのだ。それがどのような結果を生んでるのか、もうひとつ目にはみえないけど、それはそれで頑張れてて、大変なんだけど、悪いことはないと思う。
僕は、なんとか開かれた舞台芸術祭にしたいなあと、大したアイデアもないまま参加して、やっぱりアイデアがもうひとつだったことを反省している。それでも上記したような成果にはその思いも入っていたりする。本当にできないなりに、参加劇団のみなさんと意見を交わし合い、いろんな意見があって、ここまできている。
基本的にお客さんは、作品が面白かったか面白くなかったかを持ち帰る。それはしょうがない。space×dramaの恒例の中に、リレーブログ、劇評ブログというものがあって、特に劇評ブログはなんでこれがあるのかわからないところが興味深い。書くのは大変だし、誰が読んでるのかわかないし、少なくともお客さんはそんなに興味ないんじゃないかなどと思ってしまうし、やっぱり大変だしで、確かにやる方としてはしっかり感想をいただけるのは有り難いものの、不可解な伝統行事ではある。が、やっぱり結構面白い。なぜかといえば、数があるのもあるけど、ゲストブロガーにより外部の視線がちゃんと入ってくるところにあると思う。
少しだけ、開かれてるんじゃなかろうかと。気のせいかもしれないし、高校演劇の講評の延長みたいなものなのかもしれないけれど。
それでも、まだまだ演劇の内側からの目線に過ぎないかもしれないが、こういった外からの目をspace×dramaそのものにむけることはできないだろうかと、僕はずっと思っていたのだけど、僕の企画力、行動力、そして何より伝える技術の稚拙さにより、実を結ぶことはできなかった。
要するに、space×drama2011に本来は関わらないはずの人をどうにか巻き込めないか、もっと考えたかった。それがどのような形なのかすら、それがいったい何処の誰かなのかすら、漠然としていて、まったくもって心許ない。来年以降に参加する劇団さんの中に、似たようなことを考えて、それを見事な形で実現してくれる方の登場をすごく期待していたりするわけです。

うーーーん。
これでは伝わらない気がする……

space×drama2011が閉幕する前に、もう少し何か書き残せればと今からちゃんと思案します。

公演終了いたしました動画。【コレクトエリット】

應典院舞台芸術祭space×drama2011参加
コレクトエリットvol.3「カミシメル」終了いたしました。

たくさんのお客様にお越し頂きました。
本当にありがとうございます。
たくさんの方に支えて頂きました。
本当にありがとうございます。

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この舞台芸術祭に参加できてほんとうに嬉しく思います。
まだまだ続きます。
楽しみです!

稽古の様子をほんの少し。【コレクトエリット】

こんにちわ。
コレクトエリットのシゲタです。
いよいよ明日小屋入りです。
不安、楽しみ、武者震い…は大げさですか。
なんせわくわくします。

今日は最終稽古です。
HPF最終日、最高の盛り上がりの中、應典院の研修室をお借りして、静かに稽古です。
高校生、キラキラしてます。
オトナも頑張ります。

脈絡なくある日の稽古の様子をほんの少しだけのせてみます。

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これ見ても本編のことはさっぱり解らないと思いますけど、こないだオシャカスキーさんが書いてくださった稽古場レポートと合わせて何となく想像してください。

明日から8月ですね。
よい夏を。

公演一週間前です。【コレクトエリット】

こんにちは。
コレクトエリットです。
ついに一週間後に本番です。
ソワソワしています。

動画をアップしてみます。
稽古前の運動です。
人はそれを蹴鞠(けまり)と呼びます。

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よろしくお願いします☆

☆共通パス発売中☆【コレクトエリット】

コレクトエリット・べかおです。

本日よりspace×drama2011の共通パスが発売になりました。

写真は、コレクトエリット・重田恵の所有する手ぬぐいの一部らしいです。
なんでそんな写真を?

共通パス購入者のみなさんは、
各劇団から特典がもらえることになるはずなんですが、
コレクトエリットからは彼女がデザインとかする手ぬぐいがもらえます。

せっかくですので、ぜひぜひ7つの劇団の7つの作品を観てみてほしいです。

なかなか大変なことですが、損はないはずです。
全部をみることでしか味わえない感じがあると思うので。
僕もとても楽しみなので体調など崩さないよう心掛けます。

今日は、應典院さんを見学させていただきました。
コレクトエリットの作品の舞台装置を担ってくださっている、ささたにちなつさんと、
それからこれまた大変お世話になっている、舞台監督の堀田誠さんと。

ありがたい時間でした。
今後ともよろしくお願いします。

その後は、できたてのチラシをせっせと準備しておりました。

ひとりでそうしてたら、
つくづく「應典院」というところは得難いところであるなあと、
ロビーもホールも外に見える景色も含めて、
感じ入る次第でした。

それから、京都の、今度は神社ですね、吉田神社というところへ行き、
劇団どくんごの公演を観ました。

これもまた、得難い経験でした。

「あなたはどのように生きるのか?」
そんなことを問いかけられているような妄想に駆られました。

ぼうっとしてたら、帰りの電車のホームのイスに傘を置き去りにしてしまいました。
誰かのお役に立てばよいのですが。。

ではまた。

コレクトエリット「カミシメル」

これは演劇?とすれば演劇として上演する根拠は何だろう。彼女のためでしかない。現実として起こったとは思えない出来事だがそんなことはどうでもいい。俺は俺のために。それにしてもこの話には善い人間しか出てこない。悪意を持たない人間には、同じような人間が寄ってくるのか。実にイヤミなことだと思う。そして善意だって罪深い。それくらいのことはわかってくれてもいいんじゃないか。俺がしていることが偽善と呼ばれ、誰かを傷つけることだって俺は覚悟の上だ。

作・演出
べかお
日時
2011年8月2日(火)~3日(水)
8月2日(火) 20:00
8月3日(水) 14:00/19:30
※開場は開演の30分前。受付開始は開演の1時間前。
料金
2000円(自由席/前売当日共通)
お問い合わせ
090-1248-2426(シゲタ)
collect-erit@hotmail.co.jp(劇団メール)
WEBサイト
コレクトエリットの情報箱
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